高知地方裁判所 昭和61年(ワ)279号 判決 1988年9月28日
主文
一、別紙不動産目録記載の土地が亡中田芳馬の相続財産であることを確認する。
二、被告は、右土地について、高知地方法務局高岡出張所昭和五八年九月二六日受付第四八三三号をもってなした取得者を中田作幸枝とし原因を同年四月一日相続とする所有権移転登記を、取得者を中田公明・中田博明・中田英明・中田文明・中田作幸枝とし、原因を昭和五八年四月一日相続とし、各共有者の持分を中田公明・中田博明・中田英明・中田文明が各八分の一宛、中田作幸枝が二分の一とする所有権移転登記に改める更正登記手続をせよ。
三、被告は、右土地について、高知地方法務局高岡出張所昭和五九年二月二一日受付第七二七号をもってなした取得者を被告とし、原因を昭和五九年一月七日相続とする所有権移転登記を、原因を昭和五九年一月七日相続とし中田作幸枝の共有持分二分の一についての共有持分移転登記に改める更正登記手続をせよ。
四、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める判決
一、原告両名
主文同旨
二、被告
1. 原告両名の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告両名の負担とする。
第二、主張
一、請求原因
1. 別紙不動産目録記載の土地(以下、本件土地という)は、亡中田芳馬(以下、亡芳馬という)の所有であったところ、同人が昭和五八年四月一日死亡したので同人の遺産となった。
2. 亡芳馬の相続人は、その妻中田作幸枝、同女と亡芳馬の間の長男被告、二男中田博明(以下、博明という)、三男原告中田英明(以下、原告英明という)、四男原告中田文明(以下、原告文明という)の五名であったところ、中田作幸枝(以下、亡作幸枝という)は昭和五九年一月七日死亡し、その相続人は被告、原告両名、博明である。
3. 本件土地については、亡作幸枝のために別紙登記目録記載(一)の所有権移転登記が経由され、更に被告のために別紙登記目録記載(二)の所有権移転登記が経由されている。
4. しかしながら、右各登記は原告両名の相続による共有持分を侵害するものであるから、原告両名は遺産分割の前提として本件土地が亡芳馬の相続財産であることの確認及び同土地の共有持分権(相続分)に基づく前記各登記の更正登記手続を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2. 同4は争う。
三、抗弁
被告、原告両名、博明及び亡作幸枝は、昭和五八年八月中ころ、遺産分割協議により、本件土地所有権を別紙登記目録記載(一)(二)のとおりに帰属させる旨合意した。
四、抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
五、再抗弁
1. 錯誤無効
本件土地について、昭和五八年九月二六日亡作幸枝のためになされた別紙登記目録記載(一)の所有権移転登記に関する合意は、原告両名、被告及び博明が亡芳馬の相続にかかる相続税申告の相続税延納担保に供するため、一旦、亡作幸枝名義になし後日改めて遺産分割協議をすることの前提下でなしたものである。
しかるに、昭和五九年一〇月末ころ亡芳馬が昭和五八年二月一日付自筆証書遺言をなしていることが判明し昭和五九年一一月一六日高知家庭裁判所において検認された。また、亡作幸枝が昭和五八年八月二七日付公正証書遺言を作成し、被告は右合意当時これを知りながら秘していたが、昭和五九年一一月ころ原告両名に判明した。
原告両名及び博明は、右登記に関する合意の際には、各遺言書のあることを知らずに本件土地を亡作幸枝の単独名義にする旨の意思表示をなしたものであって、右遺言のあることを知っていたならば亡芳馬の遺言に従った遺産分割協議をなした筈である。
従って、本件土地につき亡作幸枝への単独相続登記をなす旨の意思表示は、原告両名及び博明において、前記各遺言が存在しないことを前提としてなされたものであって右意思表示にはその重要な要素に錯誤があり、右意思表示は無効なものというべきである。
2. 仮に、そうでないとしても、本件土地を亡作幸枝の単独名義にしたのは相続税延納の担保に供する必要上なしたものであり、右登記について、外形上移転登記をなす意思はあっても、実体的な所有権を移転せしめる趣旨でなされたものではないから、右登記は、通謀虚偽表示によるものであって無効なものである。
六、再抗弁に対する認否
1. 再抗弁1のうち、亡芳馬及び亡作幸枝の各遺言書が存在したこと、亡芳馬の遺言書につき高知家庭裁判所で検認されたことは認めるが、その余の事実は否認する。
亡芳馬は博明を信頼して中田家の後継者に指定している程であるから、同人に遺言書の保管場所を教えなかったはずはなく、原告らは右遺言書の存在を知りながら本件土地を亡作幸枝名義とすることに合意したものである。
2. 同2の事実は否認する。
亡芳馬の相続人は法定相続分による不動産持分をもって各自自己の相続税延納の担保に供することができるのであって、本件土地を亡作幸枝の単独所有名義としたことが相続税延納の担保に供するための必要な手段であったとはいえない。
第三、証拠<略>
理由
一、請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。
そこで、遺産分割の存否につき検討する。
成立に争いがない甲第一、第一四及び第一五号証、第一六号証の一ないし三、乙第一及び第二号証、証人中田博明の証言、原告中田英明及び被告各本人尋問の結果によれば、原告両名、被告及び博明は、昭和五八年九月ころ、本件土地につき相続を原因として亡作幸枝に対し移転登記手続をする旨合意し、被告において原告両名、博明から相続分なきことの証明書、印鑑登録証明書、亡作幸枝から本件土地所有権移転登記手続の委任状の交付を受け、司法書士に委任して、右登記手続をなしたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
以上によれば、亡芳馬の相続人間で、本件土地所有権を亡作幸枝に帰属させる旨の合意があったものと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。
二、そこで、次に右合意の効力について検討するに、前掲の甲第一、第一四及び第一五号証、第一六号証の一ないし三、乙第一及び第二号証、成立に争いがない甲第四号証、第一一号証の一ないし九、第一二号証三、四、乙第四号証、証人中田博明の証言、原告中田英明本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。
1. 亡芳馬死亡後、原告両名及び博明は、その支払うべき相続税の延納手続をすることとし、昭和五八年九月ころ、原告両名、被告及び博明の間で、右延納のための担保を本件土地とすることを合意したが、本件土地が亡芳馬名義のままでは抵当権設定ができないので、これを亡作幸枝の名義とすることとなり、前叙のとおり被告においてその手続をなした。
2. 原告両名及び博明は、本件土地の所有名義を亡作幸枝にするについては、これを暫定的に帰属させるものと考えており、同女が老齢であるうえ、病弱で昭和五五年ころから入院生活をし、老衰の傾向にあって退院の見込みがなく、将来その相続が予測されたことから、本件土地の最終的な帰属については、その相続の際に、他の亡芳馬の遺産とともに、亡芳馬及び亡作幸枝の子である原告両名、被告及び博明の四名で協議すればよいと考え、亡作幸枝がこれを処分することは全く考えていなかった。そして、本件土地以外の亡芳馬名義の不動産については、原告英明及び被告が各住居として使用する家屋について各自に帰属させるとの合意をしたほかは何ら合意がなされなかった。本件土地については、亡作幸枝のために相続を原因とする移転登記手続がなされた後の昭和五八年一〇月二四日、原告両名及び博明を各債務者とする三件の抵当権が大蔵省のために設定された。
3. ところで、亡作幸枝は、昭和五八年八月二七日、高知地方法務局所属公証人板坂彰に嘱託してその所有財産全部を被告に相続させる旨の公正証書遺言を作成しており、原告両名及び博明が前記の本件土地を亡作幸枝名義に登記手続するとの合意をした際には、被告は右公正証書の存在を知っていたが、原告両名及び博明はその存在を全く知らなかった。そして、被告は、原告両名及び博明が右公正証書の存在を知らないことを知りながら、これを教えなかった。
4. 被告は、昭和五九年二月二一日、右公正証書遺言によって本件土地につき単独所有名義に登記を経由した。
以上のとおり認めることができ、これに反する被告本人の供述部分は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実に鑑みるに、原告両名は、本件土地所有権を亡作幸枝に帰属させる旨の合意をするについて、その所有権を最終的に亡作幸枝に帰属させる意思ではなく、暫定的なものと考えており、後に亡作幸枝の相続が発生した際に、他の亡芳馬の遺産とともに改めて分割協議する意思であって、本件土地を亡作幸枝が処分することは考えていなかったこと、従って、右合意の当時、亡作幸枝の、その財産を全部被告に相続させる旨の公正証書遺言があることを知っていたならば、右の合意をなさなかったであろうことは明白である。従って、原告両名の右合意のための意思表示は錯誤に基づいたものであり、しかも右錯誤は要素の錯誤といいうる。そして、右錯誤は動機の錯誤ではあるが、被告は右公正証書の存在を原告両名が知らないことを知りながらその存在を原告両名に告げなかったものであり、被告としてもこれを告げれば原告両名が右合意をなさないであろうことは容易に知り得たところである。してみれば、原告両名の意思表示はその要素に錯誤あるものとして無効というべきである。
三、以上によれば、本件土地は未だ遺産分割を経ていない亡芳馬の相続財産であり、これについては亡芳馬の相続により亡作幸枝が二分の一、原告両名、被告及び博明が各八分の一の割合による共有となったものであり、亡作幸枝の相続によってその持分が被告に相続されたとしても被告に移転する持分は亡作幸枝の二分の一である。
してみれば、本件土地が亡芳馬の相続財産であることの確認、別紙登記目録記載(一)の登記につきその所得者を原告両名、博明、被告、亡作幸枝とする等の所有権移転登記に、同目録記載(二)の登記につき亡作幸枝の共有持分二分の一の持分移転登記に各更正することを求める本訴請求はいずれも理由がある。
四、よって、原告両名の請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。